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散策レポート:八王子城跡と八王子宿西部の歴史・自然めぐり

2018年1月25日 (街歩き 心の風景)

 昨年の「西多摩と周辺の自然と歴史を巡る旅」新規コース第10弾は「八王子城跡と八王子宿西部の歴史・自然めぐり」。12月13日と15日に開催した。
 八王子という地名の由来は、後に八王子城本丸ができた深沢山山頂に祀られた牛頭天王を中心とする八王子信仰にある。牛頭天王を祀った八王子権現の別当寺が八王子城域の玄関ともいえる宗関寺の起源。現在の宗関寺は、かつて北条氏照の重臣・横地監物の館があった場所で、明治後期に氏照墓がある場所から移された。宗関寺前は現在も鍵の手状になっているが、かつての城に至る道は、さらに南方に向かい、城山川沿いに進んだ....。というような歴史を共有しながら、再現された曳橋や大きな石で造られた虎口など、八王子城跡めぐりを楽しんだ。
 午後は西八王子駅から八王子駅まで、千人同心縁の地、松姫縁の寺などを巡った。八王子宿の西端に千人同心の根拠地が配置された理由、八王子市が日光市、苫小牧市と姉妹都市になった理由なども再確認し、八王子宿西部の歴史散策を楽しんだ。

八王子城跡ー曳橋

八王子城跡ー曳橋

八王子城-虎口

八王子城-虎口


八王子城跡と八王子宿西部コース

八王子城跡と八王子宿西部コース

皆さまに支えられ5年目に突入! 本年も「西多摩と周辺の自然と歴史を巡る旅」にご参加ください

2018年1月4日 (街歩き 心の風景)

 2014年にスタートした「西多摩と周辺の自然と歴史を巡る旅」は、以降、皆様の支持を得てほぼ毎月開催し、本年は5年目に突入することになりました。本年もふるってご参加ください。

●4年間を振り返って
◆参加者は通算約2500名
 2年目からは、新規散策コース(月1コース・各2回)と定番散策コース(月1コース・各1回)の2本立てで開催してきた。定番散策コースは以前開催し好評であったものの再開催。
 4年間の通算で、開催したコース数は37(重複・再開催は数えないで)にのぼり、延べ参加者(新規、定番合わせ)は約2500名となった。
◆参加者間の情報交換も活発
 繰り返しご参加頂ける方が多く、互いに顔なじみとなり、顔を合わせられる楽しみの場となってきているようだ。色々な情報交換も活発で、散策の場以外でのコミュニケーションにも発展している模様。
◆再訪を楽しむ方も多い様子
 当企画で歩いた場所やお昼を頂いたお店に、その後仲間と行った、桜の季節に再訪したが素晴らしかった、というような話を時々聞く。同じコースの企画に再度参加される方も多い。また、桜や紅葉の季節に再度開催して欲しいというご要望もよく頂く。定番散策コースで、前回と異なる季節や秘仏開帳などのイベントに合わせた開催の場合、また違った魅力を味わえた、という声も頂いている。
◆参加の動機は様々
 登山愛好者は足慣らしを兼ねて、歴史愛好家は実地確認の機会として、ウォーキングを日課とされる方はいつもと違ったコースを歩くのもまた良しとして、行ったことのない場所を知る機会として、仲間と歩くコース選びを兼ねて、と、参加の動機は様々な模様。ただ、良い風景の中を歩き、その歴史背景にも触れ、健康の為にもなる、という点は全員共通の楽しみといえそうだ。
◆コース間の繋がりで魅力拡大
 回を重ねるにつれ、過去のコースと歴史的な繋がりが深い新規コースが増えてきて、魅力拡大の相乗効果となっている。例えば、互いに、東山道武蔵道や鎌倉街道上道で結ばれていたり、ともに北条氏照、中山氏、大石氏、平山氏などのゆかりの地であったりと。
  例えば、散策で訪れた府中、国分寺、東村山、高麗、多摩市は、その歴史背景として、東山道武蔵道・鎌倉街道上道を避けては語れない。

梅の香に包まれ

梅の香に包まれ

桜の下を歩き

桜の下を歩き

ツツジ咲く古寺を訪れ

ツツジ咲く古寺を訪れ

恐々乗って

恐々乗って

古道を辿り

古道を辿り

紅葉に心を洗われ

紅葉に心を洗われ

●本年の方針と予定
 本年も、従来同様、新規散策コースと定番散策コースの二本立て開催します。ミニ・ハイキング的なコース、工場見学を含むコース、など、幅を広げた企画を組んでいきたいと思います。
 1月はお休みとし、2月下旬の梅の季節から開始の予定。2、3月は梅の名所、4月は恒例の桜を楽しむコースです。募集は1月下旬から順次、街プレ紙面、街プレ倶楽部サイトから行います。

新規コース(3~4月)

新規散策コース(3~4月)

定番散策コース(2~4月)

定番散策コース(2~4月)

散策レポート:平山城址公園と周辺の自然・歴史めぐり

2018年1月2日 (街歩き 心の風景)

 2017年の「西多摩と周辺の自然と歴史を巡る旅」新規コース第9弾は「平山城址公園と周辺の自然・歴史めぐり」。11月29日と12月1日に開催した。かつて平山季重(すえしげ)の館があり、平山氏の故郷とされる平山は日野市。北条氏照を養子に迎えたとされる大石定久の館跡(永林寺、由木城址)とされる由木は八王子市。両市に跨ったコースである。
 今回はちょっとした山道もあり、ミニハイキングと位置づけた。平山季重の墓や坐像がある宗印寺から山道を登り切ったところからの眺望には参加者から歓声があがるほどであった。足元には浅川、遠方には奥多摩の山々に加え富士山も顔を覗かせていた。ここから、平山城址公園にかけては、桜の木が多く、春にまた来たい、という声も聞こえた。
 永林寺は参加者全員が初めての訪問で、「こんな立派な寺が八王子にあったのか!」「ここは、まるで京都!」と驚きの声が挙がった。さらに、北条氏照が七堂伽藍を完成させ、徳川家康が訪れ赤門建立を許した、という歴史を知り、一層印象を深めたようだ。
 長沼公園の野猿の尾根道は、散策に最適な雰囲気に加え、紅葉も楽しめた。東京薬科大学の薬用植物園とキャンパスの自然、ランチを頂いた南陽台の自宅で営む素敵なレストランも楽しんで頂けた。複数の参加者から、良いコースだ、また仲間と来るつもり、という声が聞こえた。

平山城址公園に向かう道の眺望

平山城址公園に向かう道の眺望

平山城址公園

平山城址公園

永林寺

永林寺

長沼公園

長沼公園

街の探検隊:青梅線沿線の砂利運搬鉄道跡

2018年1月2日 (街歩き 心の風景)

 12月14日号で、青梅線沿線には、かつて、いくつか砂利運搬鉄道があったことに触れ、青梅線福生河原支線を辿った。今回は、さらに3路線を辿ってみたい。
●拝島駅からの砂利運搬鉄道
 かつて、拝島駅の北方で青梅線に入っていた砂利運搬鉄道があった。東京府拝島側線。多摩川・秋川の合流地点付近の河原で採取した砂利を、国鉄拝島駅まで運搬した鉄道である。大正10年から昭和28年頃まで稼働した。現在の多摩川緑地福生南公園内を、昭島市と福生市の境付近から北方に進み、現在の睦橋通りで河原から上がり、直ぐ石川酒造に向かう道に入り、石川酒造に沿って弧を描きながら南東に進んだ。奥多摩街道付近で急カーブして東北東に向きを変え、現在の新奥多摩街道を越えたあたりからは青梅線に向かってほぼ一直線に進んだ。
 石川酒造に沿った道、および現在の国道16号と青梅線間は、鉄道敷設以前からの道である。一方、その間は桑畑の中に造られた軌道で、一部は現在もその名残を発見できる。

拝島駅からの砂利鉄道跡

拝島駅からの砂利鉄道跡

昭和22年発行、国土地理院2万5千分の1地図(*)

昭和22年発行、国土地理院2万5千分の1地図(*)

●小作駅からの砂利運搬鉄道
 多摩地域への給水のために造られた羽村市の小作浄水場。ここは昭和40年までは東京都の砂利工場であった。建設局、交通局、水道局関係などの工事のための砂利を供給した。大正10年の運開であり、関東大震災後の復興にも貢献した。河原から玉石、砂利、砂などをトロッコに載せ、巻き上げ機で急な坂道を引き上げ、選別機で、玉石、砂利、砂に分け、また玉石は砕石機で砕いた。
 工場から小作駅まで引き込み線があった。が、現在はその名残は殆ど残っていない。一方、河原から工場まで砂利を運んだ跡は、奥多摩街道の下をくぐるトンネル、その下の小道を跨ぐ陸橋が残り、また河原までは細長い公園となっていて、かつての様子を偲ぶことができる。

小作駅からの砂利鉄道跡

小作駅からの砂利鉄道跡

昭和27年発行 国土地理院2万5千分の1地図(*)

昭和27年発行
国土地理院2万5千分の1地図(*)

●河辺駅からの砂利運搬鉄道
 青梅マラソンのゴール地点として知られる青梅市総合体育館。かつて、ここには、昭和石材河辺工場があった。多摩川の河原より砂利を採取し、トロッコで崖上に引き上げ、ここで加工した。工場からは河辺駅に至る弧を描く引き込み線があった。鉄道は昭和2年から昭和40年の間使用されていたという。現在はその名残を確認することはできない。

河辺駅からの砂利鉄道跡

河辺駅からの砂利鉄道跡

昭和42年発行 国土地理院2万5千分の1地図(*)

昭和42年発行
国土地理院2万5千分の1地図(*)

(*)3つの地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷謙二氏)により作成したものです。

街の探検隊:青梅線福生河原支線跡と玉川上水旧堀跡

2018年1月1日 (街歩き 心の風景)

 大正から昭和年間にかけて、青梅線沿線には多摩川の砂利を運搬する鉄道がいくつか敷設された。下に導水管が埋設されている直線の道で知られる「羽村山口軽便鉄道」は、貯水池建設のため、多摩川からの砂利運搬にも使用された。羽村堰の南東から福生駅までの「青梅線福生河原支線」も、当時の路線が現在ほぼそのまま一般道として残っている。また、あまり路線の名残が認められないものの、他にも、多摩川緑地福生かに坂公園と福生駅を結ぶ鉄道、羽村市の小作浄水場と小作駅を結ぶ路線、青梅市総合体育館と河辺駅を結ぶ鉄道、多摩川緑地福生南公園と拝島駅を結ぶ鉄道などいくつかあった。
●青梅線福生河原支線跡
 その中で今回は「青梅線福生河原支線」跡を福生駅から辿ろう。福生駅西口前の道を北西へ進むと、本六公園の前を通る道が分岐する。この道がかつての鉄道跡だ。本六公園沿いでは弧を描いて西方に向きを変える。道は新奥多摩街道付近で一旦途切れるが、再び現れ、福生市立第四小学校の南側を真直ぐ多摩川方向に向かう。やがて奥多摩街道を越えると直ぐ加美上水橋で玉川上水を渡る。この橋はかつては鉄道が通った鉄橋であった。橋には福生河原支線の歴史が掲示されている。橋を過ぎると、道は再び弧を描いて北西に向きを変え、土手の上を進む。間もなく正面に現れる福生市市営競技場あたりが、かつて砂利を積み込んだ場所である。
 青梅線福生河原支線は昭和2年、大正天皇の陵墓造営に必要な砂利を運搬するために敷設された1.8㎞の鉄道。1日に2回電気機関車が4、5輌の貨車を引いて通った。その時間帯以外は地域の人が歩行に利用していたという。砂利運搬停止は昭和34年、線路撤去が昭和36年なので、子供の頃、線路上を歩いた、という思い出をお持ちの方も多いのではないか。

青梅線福生河原支線跡

青梅線福生河原支線跡

昭和27年発行、国土地理院2万5千分の1地図((この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷謙二氏)により作成したものです)

昭和27年発行、国土地理院2万5千分の1地図(この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷謙二氏)により作成したものです)


●玉川上水旧堀跡
 河原支線が渡る玉川上水は、初期の開削から数十年後に新に掘り直された部分である。江戸時代初め(承応2年(1653年))に開削された玉川上水は、この周辺では多摩川の出水により、しばしば土手が崩壊した。そのため、元文5年(1740)に流路が東方に変更された。それ以前の玉川上水の堀が多摩川緑地福生上水公園内に600m程、「旧堀跡」として現存している。多摩川側の土手は崩壊して残っていないが、反対側の土手や堀敷部分が今も確認できる。こちらにも、掲示板が立っている。
玉川上水旧堀跡

玉川上水旧堀跡

散策レポート:飯能市の紅葉スポットめぐり

2018年1月1日 (街歩き 心の風景)

 2016年にも開催した「定番散策コース」で、11月15日に開催。能仁寺、展覧山、東郷公園ともに紅葉はちょうど見頃。特に、東郷公園はあちこちが燃えるような紅に染まり、参加者から歓声が挙がる程の美しさであった。
 歴史面では、能仁寺を創建した中山勘解由家範(かげゆいえのり)は、北条氏照第一の家臣。滝山城址東方の少林寺(北条氏照の館跡とされる)近くに家範の館があったと伝わる。飯能市中山はこの中山氏の故郷で、智観寺は中山氏の菩提寺。智観寺付近には家範の館もあったとされる。家範は八王子城陥落時に討死(自刃とも)。八王子城跡近くに北条氏照のものと並んで家範の墓(供養塔)がある。滝山城址は10月の散策で訪れ、八王子城跡は12月の散策で訪れるた。このように、街プレ散策で点から線へと繋がりができ、参加者もより実感が持てたかと思われる。

能仁寺

能仁寺

展覧山

展覧山

東郷公園

東郷公園

東郷公園

東郷公園


飯能市の紅葉スッポトめぐりコース

飯能市の紅葉スッポトめぐりコース

散策レポート:多摩センターと周辺の紅葉スポットと歴史めぐり

2018年1月1日 (街歩き 心の風景)

 2017年の「西多摩と周辺の自然と歴史を巡る旅」新規コース第8弾は「多摩センターと周辺の紅葉スポットと歴史めぐり」。11月8日と10日に開催した。多摩市の南端にあたる一本杉公園から多摩センターへと北上し、街路樹の紅葉や公園の自然、古民家や古道・遺跡などの歴史に触れる一日であった。
 参加者は、多摩センターは初めてという方が多く、多摩ニュータウン開発の際に縄文時代等の遺跡が1000近くも発見されたこと、古代東海道や鎌倉街道上道が多摩市域を通り、鎌倉街道霞ノ関で行われた関戸の戦いが鎌倉幕府崩壊に繋がったことなど、この地の歴史情報は新鮮なものであったようだ。
 紅葉は、上之根大通りのモミジバフウ、落合けやき通りのけやき、いちょう橋のいちょう、ともに見頃。多摩ニュータウン開発にあたっての体系的緑化計画の成果を肌で感じた散策となった。

鎌倉裏街道

鎌倉裏街道の石畳(多摩よこやまの道)

モミジバフウ並木(上之根大通り)

モミジバフウ並木(上之根大通り)

けやき並木(落合けやき通り)

けやき並木(落合けやき通り)

いちょう並木(いちょう橋を望む)

いちょう並木(いちょう橋を望む)

モミジが美しい庭(旧富沢家住宅)

モミジが美しい庭(旧富沢家住宅)


多摩センターと周辺の紅葉スポット巡り

多摩センターと周辺の紅葉スポット巡り

散策レポート:絹の道浜街道と片倉城跡の歴史・自然めぐり

2017年11月9日 (街歩き 心の風景)

本年の「西多摩と周辺の自然と歴史を巡る旅」新規コース第6弾は「絹の道浜街道と片倉城跡の歴史・自然めぐり」。9月12日と15日に開催した。今回はバス2回、JR1回と、今迄にない公共機関を多用するコースであったが、参加者も要領を得てきたこともあり、スムーズに進めることができた。
 参加された方々は、この方面は初めて来たという方が殆どで、絹の道と片倉城跡公園は勿論、ニュータウンの広がり、高くそびえる学校の建物、広々と整備された八王子みなみ野駅など、新旧の歴史が織り交ざったこの土地の魅力を味わっていた。
 特に、鑓水峠の150段の階段を登り切ったところからの眺望には、参加者からため息が漏れた。八王子市内、片倉城跡など、ここに至る絹の道のルートも手に取るように辿れ、また、遠くには奥多摩の山並みが広がり、かつての旅人もここで一息入れたのだろうと、思いを巡られせた次第。

鑓水峠からの眺め

鑓水峠からの眺め

絹の道

絹の道

片倉城跡公園

片倉城跡公園


絹の道浜街道と片倉城跡コース

絹の道浜街道と片倉城跡コース

散策レポート:滝山城址と八王子宿東部のの歴史・自然めぐり

2017年11月9日 (街歩き 心の風景)

 本年の「西多摩と周辺の自然と歴史を巡る旅」新規コース第7弾は「滝山城址と八王子宿の歴史・自然めぐり」。10月24日と27日に多くの参加者を得て開催した。滝山城址から小宮公園、極楽寺、横山党ゆかりの地と辿って八王子駅に至った。この中で、現在の八王子に繋がる歴史を探訪した。
 主なものを挙げると、甲州街道八王子宿の起源が滝山城の城下町にあること。既に当地の織物が良く知られていた。城下町は古甲州道(武蔵国と甲斐国の両国府を結ぶ古代からの道)の宿でもあり、地名横山・八日市・八幡の起源もここにある。宿に特徴的な鍵の手状の道は明治時代の地図でも明確で、現在も旧道として残っている。小宮公園のある「ひよどり山」は「兵取山」が元で、滝山城攻めの際に武田勝頼が陣を張った場所と伝わる。戦災を免れた古刹・極楽寺は滝山城下に城主が創建した寺で、城下町とともに八王子城下、現在地と移転された寺のひとつ。
参加者からは、「そうだったのか!」という声が聞こえた。
 小宮公園では、「八王子市街に近いのにこのような自然が残っているのは驚き」との声も挙がった。八王子の魅力再確認の一日となった。

滝山城址(天野坂)

滝山城址(天野坂)

滝山城址(中の丸から多摩川を望む)

滝山城址(中の丸から多摩川を望む)

小宮公園

小宮公園


滝山城址と八王子宿東部コース

滝山城址と八王子宿東部コース

散策レポート:北秋川渓谷の自然、歴史めぐり

2017年9月13日 (街歩き 心の風景)

 7月26日と28日に貸し切りバスの旅「北秋川渓谷の自然、歴史めぐり」を開催した。昨年に続いての開催。東京都を代表する滝「払沢の滝」、名勝神戸岩、最後の檜原城主平山氏重終焉の地「千足」、橘高安と為定王子伝説の地「小岩」、檜原村最古の寺「宝蔵寺」など北秋川渓谷の自然と歴史を巡った。
 昨年、モノレールの運行中止で見合わせた重要文化財小林家住宅も、今回はコースに含まれ、昨年に続いて連続参加の方も少なくなかった。また、本年は旧藤倉小学校の中も見学することができ、参加者は、昔の校舎の雰囲気に懐かしさを感じていた。

神戸

神戸

小林家住宅モノレール

小林家住宅モノレール

旧藤倉小学校

旧藤倉小学校

藤倉

藤倉

小岩

小岩

払沢の滝

払沢の滝


北秋川渓谷巡りコース

北秋川渓谷巡りコース

小林家住宅モノレール
檜原村教育委員会が運行。定員8名。定休日:毎週火曜日(休祝日の場合は翌日)。運行時間:9時~14時(冬期間は13時迄)。お申込み:小林家住宅管理棟090-5543-0750。空きがあれば当日連絡で利用可能ですが、事前予約がお勧め。車5台の駐車場あり。藤倉バス停からは徒歩約20分。詳細は檜原村のホームページ参照方。
小林家住宅